昔、友人と「ヒゲ・ロック」をテーマにDJイベントをやったことがあったな(ヒゲだけではなく、メガネ・ロックやハゲ・ロックも含まれてましたが)・・・と、最新作「The Courage of Others」発売記念:ミッドレイクの久々のロンドン公演を観ながら、ふと思った。オリジナル・メンバー5人に、ギタリストとキーボード/フルート奏者が加わっての計7人編成(女性ゲスト・ヴォーカルも足せば8人)。その大所帯の9割がヒゲ、もしくはチェックのネルシャツ着用という「アメリカーナ・スタンダード」な風体。その「ヒゲ・ロック」イベントは、言うまでもなく①かわいくも②オシャレでもない(さして若くもなくむさくるしい)人達が産んだ、でも素敵な音楽を祝福しようぜい!という主旨だったんだけど、ミッドレイク凱旋に寄せられる熱気と待望感を目の当たりにして、ヒゲ・ロックは今や(少なくともここイギリスでは)「かっこいい」のひとつなのかも、と思った。
その発想転換(ヒゲ=クール)を促した最近の事例のひとつが、イギリスにおけるフリート・フォクシーズの大ブレイクであるのは、まあ間違いないだろう。実際、体毛を省けばメンバー全員ルックスはいいし、若い。彼らに憧れヒゲを伸ばし、マンドリンやバンジョーを爪弾くキッズが増えても驚きはしない。FF現象の追い風を受け、彼らの英リリース元であるBella Unionもずいぶん認知を高めたわけだけど、遡って考えればBella Unionのオーバーグラウンド化に一役買ったのが、そもそもミッドレイクの前作セカンド「The Trials of Van Occupanther」のスリーパー・ヒット的な成功だった(たぶん、あの作品のセールスはアメリカよりイギリスでの方が大きいと思う)。ヒゲのカルマは、回りまわって再びミッドレイクに戻ってきたことになる。
シーンからの信望、実績、ファン層の拡大、期待――好条件がすべて整った上でのプチ・カムバックと言えるし(アルバムとしては3年ぶり)、次に控える大会場ロンドン公演ではなく、このアルバム発売前のプレミア・ギグ・チケットを発売と同時に即予約したのも、彼らのニュー・フェーズをいちはやく体験したかったからだ。会場となった西ロンドンのTabernacleも、前から一度行きたいと思っていたし(音響も良くてナイスなヴェニューでした)。が、その先取な決断はやや裏目に出たかもしれない・・・と、ライヴ終演後、会場で購入した「The Courage of Others」を聴きながら若干の悔しさを感じている。
バンドのコンディションは良かった。このテキサス:デントンを拠点とするグループ、学校でジャズを専攻したメンバーを抱えるなど演奏力・テクニックの面では文句のつけようがなく、USバンドらしくライヴは毎回とても充実している。バンド側もイギリスでの好評に強く恩義を感じているようで(何せ、Bella Unionが契約した最初期バンドのひとつだし)、そのある種「里帰り」的な喜びとオーディエンス側が放つ「お帰りなさい!」な空気は、この日のライヴを終始真摯&心温まるトーンで包んでいた。そこにCSNばりのふくよかなコーラス&アコギのクレッシェンドが絡むと、それだけでもう、感動屋の筆者はもらい泣きウルウル~、である。
しかし、ステージに並ぶ機材の数が半端じゃない。リード・ギタリストのエリックだけでも、エレキ5本(すべてレス・ポールとエピフォンってのがいいね!)持ってきている。曲によってはアコギとエレキでギター計4本の時もあり、「~Van Occpanther」期のライヴではキーボードに比重が置かれた編成だったことを考えると、これは重厚な構え。ギター3本ならウィルコもレディオヘッドもやってるが、4本はまあ・・・今珍しいだろう。しかし、この厚い編成は新作の音に必須。1曲目に披露された「Winter Dies」を筆頭にセット・リストの約半数を占めたニュー・アルバムからの楽曲は、インスト・ジャム部での迫力あるインタラクションや陶酔もののアコギ/エレキのブレンドも含め、彼らが前作以降果たしたトランスフォーメイションを物語って余りあるものだった(ファーストまで視野に入れれば、それこそラディカルな変遷とも言える)。
マイナー調の美メロも健在だし、ティム・スミスのメランコリックな歌声も相変らずうら悲しく響く。しかし、英メディアのそこかしこで評されているように、バンドのアンサンブルは緻密かつより内向的になっていて、前作にアクセントをもたらしていた米西海岸ロック(ビーチ・ボーイズ、フリートウッド・マック)の解放感やクリスピーなフックは後退し、ブリティッシュ・フォークのくすんだ曇天を思わせる湿り~エスパーズ他ニュー・フォーク勢にも通じる繊細なグラデーションがそれに取って代わっている(この晩はジトジトの小ぬか雨だったので、その気候も受け取り方に影響しているかもしれないが)。その印象を更に強めたのが、最新作でも大活躍のフルート。ティムだけではなくキーボード奏者、そしてギタリストはリコーダー・・・と、シリアスな面持ちで吐き出される笛の響きはゆかしいとは言え、同時にジェスロ・タルのイメージが抑えようもなく脳裏に浮かんできてしまう(笑)のには参った。
もうひとつ感じたのが、「Courage~」曲のレディオヘッド度の濃さ。後半、ゲスト・ヴォーカル:ステファニー・ドーセンを迎えての「Fortune」が決定打だったが、これってもう、フォーキィな「Exit Music(For The Film)」じゃないの・・・?と感じるほど。実際ティム・スミスは「OK Computer」に天啓を受けた、と何度も語っているほどのレディオヘッド好きなので不思議はないが、「Bring Down」など、コード進行やメロディ、更には歌い方まで、90年代レディオヘッドのスローなバラッドや歌もの曲からの影響は、今作でより強く出ている。
いわば(ごく大雑把に形容すれば)「アメリカーナ版レディオヘッド」「フォーク・プログレ」とでも言うべきこの方向性は、新たな段階にコマを進めた野心作と言う意味で評価している。前作のフォーミュラを踏襲することも可能だっただろうし、あのラジオ対応も可能な「MORフォーク」サウンドを妥当に維持した方が、コマーシャルな意味合いではミッドレイクにとってプラスに働いただろう。しかし彼らはそれを良しとせず、即効性のポップではなく聴き込むことで徐々に姿を現してくる、深いサウンド・スケープをクリエイトすることを選んだ。言い換えればぱっと聴きでは歯が立たない、分かりにくい作品。もちろんそれは必ずしも悪いことではなく、じっくり向き合うことで良さが沁みる作品ほど、長い付き合いになったりもする。停滞するよりは、バンドの行き方としてよっぽど正解だ。というわけで、本稿冒頭で書いた「悔しさ」というのもそれに起因してくる。要はアルバム発売後~作品にもっと慣れ親しんだ上でライヴを観た方が、更に楽しめただろう、と。
だが、あの晩のオーディエンスのリアクションには、そのバンド側の前進の意思・狙いとの食い違いも感じられた。前列客はまばたきもせず新曲に耳を傾けていたし、ティーザー的にリリースされていた先行曲を全コーラス、一緒に歌っているファンもいた。が、場内の反応が目に見えてリフト・アップしたのは、「Roscoe」であり「Young Bride」。看板とも言えるヒット曲なんで、まあ当然っちゃ当然かもしれない。が、プレミア・ギグならではの「しくじれない」緊張と元来真面目なこのバンドの高いミュージシャンシップ、ハイ・ブロウなアンサンブル、楽曲のシリアスなトーン・・・と、セットが進むごとにのしかかってきた一種のプレッシャーに晴れ間が訪れ、オーディエンスもやっと(バンドの身の丈に合わせようと背伸びするのをひとまず忘れ)音楽そのものを素直に楽しむことができた、そんな雰囲気だったのだ。その様子に触れて、果たしてミッドレイクの勇気ある変身は、吉と出るのか凶と出るのか?とも感じずにいられなかった。
その晩、家に帰り「Courage~」をターンテーブルに乗せ、針を落とした。以来聴き続けているが、「ク~~~ッ!」と胸に湧きかえってはこない。氷柱から滴る水のように、ポタリ、ポタリと沁みてくる感じ。ライヴの時に抱いたあの一種複雑な思いも、というわけで、まだ続いている。
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